おたがいさまとおかげさま

近所づきあいなどでお礼を言われたとき「おたがいさまですから」と言ったり、お礼を言うときに「おかげさまで」と言うことがあります。何気なく使っていましたが、最近特にいい言葉だなと思うようになりました。

今でこそ「おかげさま」や「おたがいさま」を使っていますが、若いころは「おかげさま」はもちろん「おたがいさま」という言葉を使うことはあまりありませんでした。おかげさまという言葉を意識するようになったのは、英語の授業で「owe to」という使い方を習ったときです。使っていた参考書に「おかげをこうむる」と書いてあったのですが、日本語でそのような言い回しをしたことはなかったのでとても印象に残ったのを覚えています。

「おかげさま」とは「陰」に「お」と「様」をつけたもので、陰とは目に見えないもの、神仏やご先祖様のご加護のことだそうです。今では神仏だけでなく周囲の人に感謝を伝える言葉として使われています。

昨年、東大の入学式で上野千鶴子さんが「がんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったことを忘れないようにしてください。」と述べて話題になりました。今となっては周りに助けられて現在の自分があることがとてもよくわかるし、そのことを実感する出来事もたくさんあります。今困っている人は努力が足りなかったのではなく事情があったのかもしれない、自分も何かのきっかけでそうなるかもしれないと思うようになりました。

余裕のあるときに「いい人」でいるのは、それほど難しいことではないかもしれません。しかし、余裕がなくなってきたときどうふるまうかがその人の品格を決めるように思うのです。家族の病気など辛いことが立て続けに起こったとき、そのことを痛感しました。

いいときには寄ってくる人やちやほやしてくれる人も多いでしょうが、困っている人に手を差し伸べることのできる人は少ないように思います。昨年最後の「あさイチ」で草彅剛さんが辛い時期に高倉健さんから手紙をもらい、その後も「本当によくしてもらった」と言っていました。司会の華丸さん、大吉さんも岡村隆史さんの例をあげていましたが、ほかの芸能人の方も同様のエピソードを多く語っています。高倉健さんは俳優としてはもちろん、人間としても本当に素敵な方だったんですね。

振り返ってみれば、自分自身は「おかげさま」ばかりで「おたがいさま」はほとんどできていなかったように思います。受けた親切を返すことはまったくできていませんが、これからは「おたがいさまですから」が言える人間になりたいと思っているところです。

引用:平成31年度東京大学学部入学式 祝辞

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